台湾小麦について

2017年10月28日


施さんにお話を伺う

  1. 台湾小麦 の歴史
    1)1919年 この時の台湾総督府は台湾の食の多様化のために小麦の生産を推奨。 この時の論文が台湾中心大学の資料として残っているとのこと。(資料については荒木は未確認)
    2)1926年 お米の短粒種を作付指導。長粒種より多収。 お米のための灌漑工事を進めて行った。
    3)1945年 戦後、国民政府になっても上記の政策は継続した。
    4)1960年 2.5万haの作付で150万トンの小麦を生産していた。当時の圃場の十分の一の作付になっていた。 ところが、戦後、日本と同様で食糧難。貧しさが続いた。
    5)1965年 小麦の輸入を国民政府が許可した。
    6)1980年代 大豆、トウモロコシなどの穀物の栽培、野菜の生産を進める。
    7)1970年から80年代 台湾産の服飾、靴などを輸出。輸出入の歳費は黒字になっていて、アメリカは1ドル=40元の固定為替をドル高に変更しないことを条件に小麦の輸入を増加させる。 8)この時の政策において台湾政府は農家を見捨てたと同然のことをした。 301ルール(荒木は知らない内容)
    9)2007年 リーマンショックで小麦などの輸入品が高くなった。 この時に生産者は小麦を海外に依存していては危険だと語り始めた。
  2. 生産者は理念で作るが、消費者は価格に依存して消費する。
  3. 台中は二毛作
    現在の台中は日本の埼玉県の温度とほぼ変わらない。冬の温度で日本が霜が降りるが台湾は最低気温が8度くらいとのことなので霜が降りる温度まで下がらないのではないでしょうか。
  4. 2017年現在の政策
    1)お米は余っているので作らせない方向
    2)WTO2020年ルールで現在税金を7%課税
    3)7~8万トン輸入。
    4)慣行栽培から特別(台湾では友善栽培)栽培に変えると3年間1ha当たり3万元 そこから有機栽培に変えると更にその後の3年間1ha当たり3万元 更に有機栽培を継続するとその後の3年間1ha当たり3万元 合計9年間にわたり補助金が出る。 このほかに化成肥料と有機肥料の差額の補てん 機械の購入資金など補助金が多い
  5. 施さんが考えてきたこと
    1)差別化を図るために有機認証のものを作ること
    2)環境に優しいことを継続しないと危険だということ。
    3)消費者に生産者から情報発信しないといけないこと。
  6. 施さんが実践してきたこと
    1)農業の有機栽培 のorganic認証を受ける
    2)小麦製粉ならびにパンなどのorgaic認証を受ける